10代から80代まで幅広い層が苦しんでいる
ヒアルロン酸注入後に皮膚が壊死した女性
(https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/t/amd-img/20250918-00000005-friday-000-1-view.jpg?exp=10800&fmt=webp)
まずは上の写真を見ていただきたい。交通事故の被害者のように見えるこの女性の痛々しい傷は「美容整形の後遺症によるもの」である。実際に彼女の後遺症の治療を行った日本医科大学付属病院・美容整形後遺症外来には、日々多くの患者が相談に訪れる。その最前線に立っている形成外科専門医の朝日林太郎医師が解説する。
「これはヒアルロン酸の注入後の後遺症です。ヒアルロン酸はシワやたるみ改善に使われる人気の治療ですが、まれに血管塞栓という合併症が起こります。ヒアルロン酸が血管に入り、血流を遮断してしまっている状態で、失明や皮膚の壊死など重大な合併症が生じることがあります」
近年、美容医療が爆発的に広がっている。インフルエンサーが堂々と「整形告白」をし、SNSにはキラキラした美容医師の広告があふれる。気軽に美容医療を受ける人が増える一方で、後遺症や医療事故に苦しむ人々も増えているのだ。
朝日医師は「患者数はここ5年で5倍以上に増えています」と言う。
「10代から80代まで幅広い。まぶたが閉じなくなった、鼻が変形した、脂肪吸引後のしびれや慢性痛、注射による壊死……。簡単だといわれている治療や手術で失敗や合併症が起きることもあり、パターン化ができないのが美容整形後遺症の難しいところです。
本来なら、美容医療を受けたクリニックで治療してもらうのが一番いいと思いますが、なかなかそうもいかない。患者さんは悩んだ末に私たちの外来にたどり着きます。受け皿にならざるを得ないという現状です」(以下、「」内はすべて朝日医師)
一見すると新しい医療分野のように思われるが、実は美容後遺症外来には長い積み重ねがある。
「日本医科大学病院では30年ほど前から形成外科の一部として存在し、15年前に専門外来として特化しました。2020年から私が責任者となり、全国から寄せられる相談に応じています。美容整形後遺症外来は命に直結する急性期ではなく、慢性的な不調が続く患者が対象となります。
患者の多くが手術や施術から2~3年が経過した方です。美容整形を担当した医師に『そのうちよくなる』と言われ、結局改善しないまま苦しみ、私たちのところに相談に来る。そんな患者さんが増えています」
後遺症治療を進めるうえで、元の執刀医と連絡を取ることは欠かせないが、そんな初歩的なところにも「問題がある」という。
「もちろん患者さんの同意を得てですが、できる限り手術を担当した先生に確認を取るようにしています。ただ、実際には診療情報をなかなか開示してくれないクリニックが多いというのが現状です」
医師法では、正当な理由がない限り診療情報は開示されるべきとされている。
「透明性は重要です。しかし、記録が残っていなかったり、記録とはまったく違う処置がされていたりします。ですから、情報開示の仕組みが整えばすべて解決、という単純な話ではありません。美容整形後遺症治療では、患者の状態を見極め、患者ごとに最適な対応をとることが最も重要になります」
◆「イレギュラー」に対応できない医師
美容整形の合併症は、時に命を奪うこともある。実際、過去に重大事故が繰り返されてきた。
- ’09年・東京都豊島区の美容整形外科
70歳女性が腹部脂肪吸引を受け、吸引管が腸を損傷。術後に死亡。医師は業務上過失致死罪で有罪判決。 - ’11年・東京都中央区の総合病院
鼻の整形を受けた30代女性が術後の誤挿管で植物状態に。約2年後に死亡し、東京高裁が病院に賠償を命じた。 - ’23年・大阪府大阪市の美容クリニック
48歳男性が顔の脂肪吸引で出血。適切な処置が行われず翌日死亡。担当医は業務上過失致死で書類送検。
「稀ではありますが、命に関わるようなケースもあります。形成専門医の資格もない、経験値が少ない医師がイレギュラーなケースに対応できず、事態を悪化させてしまうこともあります。
緊急性が高い場合は後遺症外来とは別の枠組みで美容救急が必要です。当院では春山記念病院などの医療機関と連携し、“一分一秒を争うような治療介入が必要な患者を確実に拾い上げる体制”を整えています」
形成専門医の資格を持たず経験値が少ない医師といえば、「直美」が頭に浮かぶ。直美とは、初期研修を終えただけで美容医療に飛び込む医師のことだ。しかし、初期研修はあくまで土台作りに過ぎず、医師としての力を養うのは後期研修である。
美容医療は本来、形成外科をはじめとする専門領域に位置付けられ、解剖学や外科的手技、合併症への対応など高度な専門知識が求められるのだが、重要な後期研修を経ずに美容整形に携わる医師がいるのである。患者にとって重大なリスクと言わざるを得ない。
朝日医師は「直美が悪いかどうかというのは難しいのですが、問題の一つとして“イレギュラーなケースへの対応に弱い”というのは明確にあります」と言う。
「本来ならイレギュラーなケースが出たときは、他の病院に紹介する、あるいは専門医に相談してもらえればいいのですが、そうせずに安易なタッチアップーー修正を試みて、かえって状況を悪化させてしまうケースが少なくありません」
直美に対する研修制度の整備が必要では、という声もある。
「制度で縛るのは非常に簡単で一つの方法ではあるんですけど、問題はもっと本質的なところにあると思います。“形成専門医の資格を持っていることは自分にとっても患者さんにとっても非常にプラスになる”ということを若い医師に私たち先輩がきちんと伝えきれていないのが問題なんじゃないかと考えています」
そう考えるようになった背景に、これまでの朝日医師の歩みがある。
「私は強い志があって美容後遺症外来を始めたわけではありません。もともと、私のキャリアの中心は熱傷や外傷などの急性期外科。一般急性外科の医師として、普通の地域病院で働くつもりでした。それが、前任の責任医師が退くことになり、私が引き継ぐ形で美容後遺症外来を担当することになったのです。
いわば医局の人事でこの世界に入ったのですが、現場で患者と向き合ううちに“これはまさに今、世の中に求められている仕事だ”と強く感じるようになりました。美容医療はサービス業の側面もあります。うまくいけば患者さんはとても幸せになりますが、トラブルが起これば苦しみ続けることになる。美容整形後遺症外来は重要な分野だと思っています」
だが、その一方で「後継者育成のハードルはかなり高い」という。経験、専門性、そして収益面での難しさから、簡単に担える医師はほとんどいないからだ。
近年、美容医療の広告やSNSで「センスのある医師」という言葉が頻繁に使われるが、朝日医師は「センスと腕は異なる」と断言する。
「動画で手術を学んでコピーできる器用な医師はいますし、それをセンスと呼んでいるのだと思います。ただ、手術は100人やれば100人同じ結果になるわけではありません。合併症は一定の確率で必ず起こります。そこからどうリカバーするかが大事であって、決してセンスだけで解決できるものではない」
医療ミスや美容整形後遺症に遭わないため、我々ができることはあるか。
「大事なのは執刀医の経歴や資格をしっかり確認し、その医師が術後トラブルにも誠実に対応してくれるかを見極めること。信頼できる医師ほど『自分では限界がある』という正しいジャッジができる」
美容医療は華やかな成功例だけで成り立ってはいない。
日本が「美容大国」となった今こそ、美容整形後遺症外来や美容救急の整備、そして直美など若い医師を正しく導く教育体制が求められている。
(2025年9月18日 Yahoo!ニュースより転載)